MESSAGES
撮影:平野タカシ 取材・文:相澤洋美
ヘアメイク:MAKOTO スタイリスト(吉川さん):黒田 領
〈対談〉
心に刻まれた「修道魂」
(ミュージシャン・俳優)
(修道中学校・修道高等学校 校長)
各界を牽引するリーダーを
生み出す修道らしさ
いまや“修道のレジェンド”となっている吉川晃司さん。
母校の創始300年を祝した、田原俊典校長とのスペシャル対談後編では、修道中学校・修道高等学校が誇る「修道ベーシックルーブリック」についてなど、未来の子どもたちに向けての教育論にまで話が広がりました。
田原俊典校長(以下:田原)
吉川さんの中学・高校時代は、どんな生徒だったのでしょうか。
失礼ながら、やんちゃだったのだろうという想像はつきますが……。
吉川晃司さん(以下:吉川)
そんなにやんちゃじゃなかったですよ(笑)。でもなぜかそう見られることは多かったように思います。
とくに学年主任だった体育の松本悦郎先生には厳しくご指導いただきました。
同級生で誰かが悪さをすると、必ず私が呼び出されたものです。身に覚えがないので「思い当たる節がないんじゃけど」と正直に言うと、怒られる。損な生徒でした(笑)。
田原
いま各界で活躍しておられる修道の卒業生にお話を伺うと、やんちゃだった方が多いように感じます。やんちゃするくらいのバイタリティーがないと、秀でた活躍はできないということなのかもしれませんね。
吉川
見本的優等生からはだいぶズレた生徒でしたが、よく言えば型にはまらないというのでしょうか。でも、レールは外れてみないといい景色は見えませんからね。
田原
カッコいいですね! メモして使わせてください。

吉川
恐れ入ります。でも、修道中学校・修道高等学校は、レールから外れる生徒を温かく見守ってくれる学校だったと思います。人間は、下手に縛られると抗いたくなるものですが、修道はいい意味で縛りがなかった。個々の自覚や倫理観に委ねられているところがあったので、変にグレたりズレたりしている人は「あいつ、ダサいのう」と、カッコ悪く思われていたように感じます。
田原
なるほど。
私は、これからの時代に求められるリーダーは「誰もやらないことができる人」であると考えているのですが、レールの上をただ走るだけでは、誰もやっていないことが何かに気がつきません。誰もやっていないことに目をつけ、そこへ人を巻き込み、引っ張っていくためには、カリスマ性やコミュニケーション力といった従来型の資質に加えて、人と異なる視点の持ち主であることが非常に重要だと考えています。
吉川さんのおっしゃる「レールは外れてみないといい景色は見えない」というのは、まさにリーダーの視点だと思いました。
吉川さんのお作りになる曲や歌詞にも、社会の常識をぶち破ろうとする、反骨精神のようなものを感じますが、そこは狙っておられるところですか。

吉川
反骨精神というか、世の中を斜めに見ることで前に進んできたので、良くも悪くも自分の物差しだけで生きてきたところはあると思います。
真実は、体制のなかにあると窒息してしまいます。ですから、朱に交わっても絶対に朱く染まりたくない、何なら黒になりたいと思ってこれまで生きてきました。結局、楽しいことや正義というのは、もはやマイノリティーの中にしか生き残っていないのではないでしょうか。
田原
吉川さんの今のお話は、「修道ベーシックルーブリック」の中の「独立心」「開拓者」の価値観で最高レベルの評価がつけられますね。
吉川
「修道ベーシックルーブリック」とは何ですか。
田原
修道では中学・高校の6年間を通して「道を修めた有為な人材」を育成しているのはご存じですよね。
これまでは、藩校以来の教育方針「知徳併進」、実践綱領「尊親敬師 至誠勤勉 質実剛健」と四字熟語で伝えてきましたが、難しすぎて親も子どももよくわかっていなかった。そこで、どのような価値観やスキルを身につけると「道を修めた有為な人材」になれるのかを、もっと生徒たちが自分事化できる言葉にあらため、さらに具体的な到達目標を示せるよう整えたのです。それが「修道ベーシックルーブリック」です。
この評価は生徒たちに自分でやらせています。ふざけてつける子はほとんどおらず、自分の“今”を見つけるよいきっかけとなっています。
いまの吉川さんがご自分で評価なさったら、すごい高評価になりそうですね。
吉川
はじめて拝見しましたが、選ばれている言葉一つひとつが魅力的ですね。机上の空論ではなく、生徒たちにわかる言葉でまとめられているのが素晴らしいと思いました。
田原
ありがとうございます。この修道ベーシックルーブリックは、学内にプロジェクトチームを立ち上げて、1年かけて作り上げました。どういう姿勢で生きていくかという「価値観」、そして今、何ができるのかという「スキル」の2つの柱を立て、それをさらに5つの項目に分けてそれぞれの指標を設けています。
吉川さんがおっしゃるように、机上の学問だけでは子どもの心は育ちません。
吉川さんを前にしてお恥ずかしいですが、実は私もバンドを組んでおりまして、ライブハウスで保護者・生徒たちを前に「BE MY BABY」を演奏したこともあります。
文化祭の時なども「一緒に出て」と頼まれ、ステージに立たせてもらうのですが、テクニックはすごく上手な子でも、即興のアレンジやセッションができない。
つまり、「知識はあっても知恵がない」状態の子が多いのは残念です。

吉川
確かに、知識だけでなく知恵もないと。
田原
そうですね。世の中が知識優先になると、どうしても、おおらかさを失います。私がいま危機感を抱いているのは、教育の世界もおおらかさがなくなり、大きく傷つくことや、失敗することを怖れて小さくまとまる子どもたちが増えていることです。
これでは回復力や抵抗力、強靱な精神など培えるはずがありません。
吉川さんはどうお考えですか。
吉川
私が子どもだった頃は、近所に空き地がたくさんあり、そこで自由に遊ばせてもらえました。多少は危険な場所もありましたが、大怪我をしなければ放っておいてもらえましたから、時々は怪我をしたり失敗したりしながら、何が危険なことかを学んだり、どうすれば失敗せずにすんだかを考えたりしたように思います。今の子どもたちは大人が先回りして失敗しないように道を決めてしまうので己の試しようがない。それは気の毒に思います。
人間の世の中は勝負することで進化したり発展したりするところもあるので、子どもたちが挑戦する勇気をもてる環境を用意してあげたいですよね。
田原
おっしゃるとおりです。
ただ、今は保護者が何かと口を出してきて、権利を訴える。ですから私は、修道中学校に入学してくる子どもたちの保護者に、「教育の受益者は未来の社会です。子どもたちは未来のために教育を受けているのであって、保護者のみなさんのためではありません。従って、私は保護者のみなさんのニーズは一切聞きません」と宣言しています。来年からはここに、「失敗させます」ということも付け加えさせていただこうかと、いま、思いました。
吉川
賛成です。挑戦して敗れたものは、全部自分の血肉になりますから、「失敗はたくさんしたもの勝ちだよ」と私もお伝えしたいです。失敗するのは恥ずかしいしつらいし、遠回りです。でも、遠回りする道にこそお宝が落ちていたりするものだと思います。
私は中国史が好きなのですが、『論語』のなかに「行不由脛(ゆくにこみちによらず)」という言葉があります。これは、安易に近道や裏道を通らず、時間はかかっても公正な方法で大道を一歩一歩進め」という意味で、迷った時にはこの言葉を思い出しています。
田原
今のお話を聞いて、1994年のアメリカワールドカップを思い出しました。ブラジル対イタリアの決勝戦で、イタリアの至宝と言われたロベルト・バッジョ選手がPKを外して負けたときに、「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持ったものだけだ」と語り、感動しました。吉川さんのおっしゃるように、チャレンジしなかったら失敗はできないわけですから、行動したものしか失敗できないということを私も強く子どもたちに伝えていきたいと、あらためて思いました。
吉川
結局、子どもたちは、「失敗印」がつくことが嫌なんですよね。だからたとえば、履歴書に「失敗欄」を設け、その欄にたくさん記録がある人を採用するようなことをすればいいと思う。私なら絶対そうします。
田原
それ、いいですね。私もそうしたいです。
いま、社会も親も失敗を許さない時代になってきて、学校にも失敗しない、させないことが望まれていますが、それは子どもたちにとって本物の道ではなく、いつかしっぺ返しを食らうことにもなりかねません。
吉川さんのおっしゃるように、頑張って失敗しろ、そのためには挑戦し続けることが大事だということを、折に触れて子どもたちに伝えていきたいと思います。

吉川
失敗は子どものうちにこそすべきです。大人になってからの失敗は面倒ですから……。私は大人になってからも失敗だらけですが(笑)。
田原
そうは見えません。
吉川
ただ、この歳になって恥をかかせてもらえるのはある意味チャンスだとも思っています。
2024年に『映画ドラえもん のび太の地球交響楽(シンフォニー)』ではじめて声優を務めさせていただきました。なぜ自分に声をかけていただいたのかはじめは戸惑いましたが、非常に大きな経験になりました。
何歳まで元気で頑張れるかわかりませんが、私ももう還暦ですし、あと10年くらいだと思って、一つひとつ大切に挑戦し続けていきたいと思っています。
田原
吉川さんには、ぜひミック・ジャガーやポール・マッカートニーのように、70歳になっても80歳になっても現役で頑張っていただきたいです。
吉川
ミック・ジャガーはローリング・ストーンズ50周年の時に、「50年やってきて、ロックなんかより、株に投資したほうがよほど儲かるということがわかった」と言っていました。それでも80歳を超えてステージに立ち続けるということは、暗に「金儲けよりロックを選んだほうが、自分にとってはいい人生だった」と言っているわけです。なんてカッコいいオヤジなのかと思いました。あんなふうに歳を重ねられたら素敵ですね。
田原
いまのままの吉川さんも十分素敵ですが、じゃあ次は吉川さんの古稀を祝って、修道で講演会をさせてください。その時は、たっぷり謝礼をお支払いできるよう、今から準備しておきます(笑)。
本日は、ありがとうございました。
吉川
こちらこそ、ありがとうございました。